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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)365号 判決 1999年10月20日

原告

田中精機株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

片山英二

伊藤尚

同弁理士

【B】

被告

日特エンジニアリング株式会社

代表者代表取締役

【C】

訴訟代理人弁理士

【D】

【E】

【F】

主文

特許庁が、平成9年審判第19469号事件について、平成10年10月5日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「自動巻線機」とする特許第2578562号発明(平成5年1月28日出願、平成8年11月7日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成9年11月18日、本件発明につき、その特許を無効とする旨の審判の請求をしたところ、被告は、平成10年4月20日に訂正請求(以下「本件訂正」という。)を行った。

特許庁は、上記審判請求を平成9年審判第19469号事件として審理した上、平成10年10月5日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月26日、原告に送達された。

2  1 本件訂正前の本件発明(以下「訂正前発明」という。)の特許請求の範囲請求項1に記載された発明の要旨

ボビンを装着して回転するスピンドルと、ボビンに線材を供給するノズルとを備えた自動巻線機において、スピンドルに対して三軸方向に各々移動する2基の移動台を設け、これらの移動台のうちの一方の移動台Aにノズルを支持し、もう一方の移動台Bに補助ツールを支持したことを特徴とする自動巻線機。

2 同請求項2に記載された発明の要旨

移動台Bに支持される補助ツールが、ノズルから供給された線材を一時的にボビンの外周に押圧保持する線押さえ具を含む請求項1記載の自動巻線機。

3  同請求項3に記載された発明の要旨

移動台Bに支持される補助ツールが、ボビンを搬送するコンベヤとスピンドルとの間でボビンの受け渡しを行う受け渡し治具を含む請求項1記載の自動巻線機。

4  同請求項4に記載された発明の要旨

移動台Bに支持される補助ツールが、線材を一時的に絡げる捨て絡げピンを含む請求項1記載の自動巻線機。

5  同請求項5に記載された発明の要旨

移動台Aに線材を切断するカッタが支持されている請求項1記載の自動巻線機。

6  同請求項6に記載された発明の要旨

ノズルをスピンドルに装着したボビンの外周に正対する位置とスピンドルと平行な位置との間で略90度回転させる回転機構を移動台Aに備えた請求項1記載の自動巻線機。

7  同請求項7に記載された発明の要旨

ボビンを装着して回転するスピンドルと、ボビンに線材を供給するノズルとを備えた自動巻線機において、スピンドルに対して三軸方向に各々移動する2基の移動台を設け、これらの移動台のうちの一方の移動台Aにノズルと、ボビンを搬送するコンベヤとスピンドルとの間でボビンの受け渡しを行う受け渡し治具とを支持し、もう一方の移動台Bに少なくとも一つの補助ツールを支持したことを特徴とする自動巻線機。

3 1 本件訂正後の本件発明(以下「訂正後発明」という。)の特許請求の範囲請求項1に記載された発明(以下「訂正後発明1」という。)の要旨

ボビンを装着して回転するスピンドルと、ボビンに線材を供給するノズルとを備えた自動巻線機において、スピンドルに対して三軸方向に各々移動する2基の移動台を設け、これらの移動台のうちの一方の移動台Aにノズルを支持し、もう一方の移動台Bに複数の補助ツールを支持するとともに、この移動台Bに支持される補助ツールがボビンヘの巻線作業において異なる作業を行うものであるようにしたことを特徴とする自動巻線機。

2 同請求項2に記載された発明(以下「訂正後発明2」という。)の要旨

移動台Bに支持される補助ツールが、ノズルから供給された線材を一時的にボビンの外周に押圧保持する線押さえ具を含む請求項1記載の自動巻線機。

3 同請求項3に記載された発明(以下「訂正後発明3」という。)の要旨

移動台Bに支持される補助ツールが、線材を一時的に絡げる捨て絡げピンを含む請求項1記載の自動巻線機。

4 同請求項4に記載された発明(以下「訂正後発明4」という。)の要旨

移動台Aに線材を切断するカッタが支持されている請求項1記載の自動巻線機。

5 同請求項5に記載された発明(以下「訂正後発明5」という。)の要旨

ノズルをスピンドルに装着したボビンの外周に正対する位置とスピンドルと平行な位置との間で略90度回転させる回転機構を移動台Aに備えた請求項1記載の自動巻線機。

6 同請求項6に記載された発明(以下「訂正後発明6」という。)の要旨

ボビンを装着して回転するスピンドルと、ボビンに線材を供給するノズルとを備えた自動巻線機において、スピンドルに対して三軸方向に各々移動する2基の移動台を設け、これらの移動台のうちの一方の移動台Aにノズルと、ボビンを搬送するコンベヤとスピンドルとの間でボビンの受け渡しを行う受け渡し治具とを支持し、もう一方の移動台Bに複数の補助ツールを支持するとともに、

この移動台Bに支持される補助ツールがボビンヘの巻線作業において異なる作業を行うものであるようにしたことを特徴とする自動巻線機。

4 審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、

1 本件訂正における明細書の訂正が、実質上特許請求の範囲を変更するとする請求人(本訴原告)の主張について、本件訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものではないとし、

2 訂正後発明が、実公平4-12659号公報(審決甲第1号証、本訴甲第5号証、以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用例発明1」という。)と同一、又は、同発明と特開昭60-97178号公報(審決甲第2号証、本訴甲第6号証、以下「引用例2」という。)、特開昭62-8973号公報(審決甲第3号証、本訴甲第7号証、以下「引用例3」という。)及び特開昭63-280404号公報(審決甲第4号証、本訴甲第8号証、以下「引用例4」という。)に記載された発明(以下これらに記載された発明を、それぞれ「引用例発明2」、「引用例発明3」及び「引用例発明4」という。)に基づいて、容易に発明をすることができたものであるから、特許出願の際、独立して特許を受けることができないものであるとする請求人の主張について、訂正後発明が、引用例発明1~4のいずれとも同一と認められず、かつ、これらの発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件訂正を適法とし、

3 訂正後発明1~6が、引用例発明1と同一、又は、同発明と引用例発明2~4に基づいて、容易に発明をすることができたとする請求人の主張について、本件発明が、引用例発明1と同一と認められず、かつ、これらの発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないとし、請求人の主張する理由及び提出された証拠方法によっては、本件発明の特許を無効にすることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、訂正前発明及び訂正後発明の要旨の認定、請求人(本訴原告)の主張の認定、引用例1~4の記載事項の認定、訂正後発明1~6と引用例発明1~4との対比の一部(審決書21頁9~13行、22頁2~17行、23頁16行~24頁8行。ただし、24頁4行目「示唆すらされていない」を除く。)はいずれも認め、本件訂正が、実質上特許請求の範囲を変更するものではないとする判断(同11頁7行~13頁12行)は争わない。

審決は、訂正後発明が、引用例発明1と同一、又は、同発明と引用例発明2~4に基づいて、容易に発明をすることができないと誤って判断し(取消事由)、本件訂正が独立特許要件を有すると判断した結果、本件訂正を認めて本件発明の要旨の認定を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  審決が、引用例発明1について、「甲第1号証(注、本訴甲第5号証)のものは、・・・ロボット11に支持されるロボットハンド22は第1図によればボビンへの巻線作業を行う側とはアーム機構(X軸)14を挟んで反対側に設けられている(甲第1号証の場合、この配置は空間の有効利用を達成する上で必須の構成である。)以上、ボビンへの巻線作業を行う複数の補助ツールをロボット11に支持させるという着想は甲第1号証からは想起し得るはずがない。」(審決書21頁9行~22頁1行)と判断したことは誤りである。

まず、引用例発明1の「ボビン給排出装置」は、訂正後発明1における「ボビンへの巻線作業において異なる作業を行うものであるようにした補助ツール」に該当するものであり、引用例発明には、一つのロボット(3軸移動台)にノズルを、もう一方のロボットに作業用補助ツールの一つであるボビン給排出装置を備えた巻線機が開示されている。

すなわち、本件訂正後の明細書(甲3号証の4、以下「訂正明細書」という。)の【0037】の記載によれば、訂正後発明において、巻線作業には、その開始ステップとして、ボビン搬送治具からボビンを受け取ることが含まれると理解できる。そして、自動巻線機においては、ボビンを給排出することは、作業の始めと終わりとを構成するのであり、この作業なくして自動巻線機による巻線作業はありえないから、巻線作業からあえてボビンの給排出作業を除くのは、むしろ不自然である。

本件発明の出願当初の明細書(甲3号証の1、以下「当初明細書」という。)の【0003】においても、線押さえ具、捨て絡げピン、テーピングユニット、カッタと並んで、何の限定もなく、「作業を終えたボビンを交換するための交換治具など各種の作業ツールをスピンドルの周囲に配置していた。」と記載されており、ボビンの受渡し用のツールを、他の「巻線作業」をするツールと同様に「作業ツール」としていた。前示訂正前発明の請求項3の要旨も、「移動台Bに支持される補助ツールが、ボビンを搬送するコンベヤとスピンドルとの間でボビンの受け渡しを行う受け渡し治具を含む請求項1の自動巻線機」とするものであり、ボビンを交換する交換治具を、他のツールと同様な位置づけの「補助ツール」と見ていた。

そして、引用例1の実用新案登録請求の範囲には、ボビンを給排出するロボットハンドが、巻線加工をしている面とは反対側に位置するとの記載があるが、その開示内容としては、これに限定されず、より上位の概念である、2基の三次元ロボットに補助ツールを適宜に分設するという技術思想が同列に開示されたものである。

すなわち、引用例発明1では、従来技術においてボビンの自動給排出装置が巻線機の台座とは別の台座に取り付けられていたため、その分の床面積が別に必要となっていたのを、巻線機のスピンドルヘッドの支持台の上部に給排出装置を取り付けることとし、その位置で給排出装置をXYZ軸方向に移動させることとしたものであり、この配置によって、給排出装置の存するロボットのために必要としていた別途の床面積を要しないものとし、装置の小型化に役立つようにしたものである。

したがって、このような構成は、本来的には、必ずしも巻線作業をする側と反対側においてボビンの給排出作業がなされることを必須の要素とするものではなく、現に、引用例1に係る出願当初の実用新案登録請求の範囲の記載は、必ずしも上記のような巻線作業と反対側という限定はなかった(甲第9号証の1、甲第11号証)。そして、この「2基の三次元ロボット(すなわち移動台)に補助ツールを適宜分設する」という、より上位の技術思想は、引用例発明1のようなインデックス型の巻線機の実施例に限定されるものではなく、スピンドル部分を固定した型においても応用が可能なものであり、その点は当業者にとって常識的なことである。

また、引用例発明1において、3軸に移動する移動機構(ロボット11、すなわち移動台B)を設けた時点で、その移動台の上に「複数の」補助ツール(ボビンヘの巻線作業において、異なる作業を行う補助ツールを含む。)を組み合わせ支持させるという着想は、必然的に生ずるものである。したがって、引用例発明1において、ノズルを搭載したものとは別のロボット、すなわち別の3軸の移動機構(移動台B)に複数の補助ツールを支持することは、当業者にとって単なる設計変更に当たるものである。

2  以上のとおり、訂正後発明1は引用例発明1と同一のものであるが、仮にそうでないとしても、訂正後発明1は引用例発明1~4(特に、引用例発明1、3、4)を適宜組み合わせて、当業者が容易に想到し得たものである。

すなわち、引用例発明1~4は、いずれも、巻線機の小型化、シンプル化と、移動台に支持したさまざまな補助ツールによる作業の効率化を目指している。そこでは、それぞれ個別の個性はあるものの、いずれも各種の作業を効率よく行うことが可能な、かつ、コンパクトで構成の簡易なコイル巻線機を提供することが目的とされていた。このように自動巻線機の分野においては、いかに装置を小型化し、巻線作業の各工程に必要な様々なツールをどのように配置し、それらによる作業をいかに効率よく順次行うかは、当業者の共通課題であったといってよい。

そのような当業者の共通の課題意識のもとで、引用例発明1においては、三軸移動台2基を有し、しかも、ノズルとは別の移動台Bに補助ツールが(少なくとも一つは)支持された構成が開示され、引用例発明3においては、移動台2基のうちの一方は一軸にしか移動しないが、そこには複数の補助ツールが支持された構成が開示され、引用例発明2及び4においても、三軸方向に移動可能な移動台の上に補助ツールが支持される構成が示されている。

また、補助ツールを複数とすることも公知であり、引用例発明3には、ノズル台に、押さえローラ、押さえロッド、クランプを設けることが開示されており、また、3軸移動ではないが、移動機構にからげ軸、ワイヤカッタなどを設置することが開示されている。引用例発明4には、ノズルホルダ支持構造に「テープワインダ」を支持することが開示されている。

したがって、前記のような課題意識を持った当業者において、上記の公知技術を組み合わせれば、訂正後発明1は容易に想到し得るものである。

さらに、審決は、訂正後発明1の作用効果について、「本来巻線作業において様々な位置に配置する必要のある複数の補助ツールを、三軸方向に移動する移動台に一括支持して、所望の位置に移動し得る構成とすることにより、『各補助ツールに個別に移動装置を設ける必要がな』いという、明細書に記載の効果を奏するものと認められる」(審決書22頁18行~23頁4行)とし、三軸方向に移動可能な移動台に複数の補助ツールを搭載した点のみによる作用効果(各補助ツールに個別に移動装置を設ける必要がない。)を認定しており、複数の補助ツールを設けた移動台が移動台Bである点に関しては、何らの新規性・進歩性を認識していない。そうすると、引用例発明3においても、移動台Aに相当するものではあるが、三軸方向に移動可能なノズル台上に、クランプ25や押さえロッド36という複数の補助ツールが搭載されており、審決が認定した「各補助ツールに個別に移動装置を設ける必要がない」という作用効果が達成されている。したがって、審決が、このような作用効果を理由に、訂正後発明1が、引用例発明1~4のいずれの発明とも同一とは認められず、かつ、これらの発明から当業者が容易に発明をすることができないと判断した(審決書23頁4~8行)ことも誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は、正当であって、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  原告は、「ボビンの給排出作業」が「巻線作業」であって、「ボビン給排出装置」が本件発明の「補助ツール」に当たるから、「補助ツール」をロボットに支持した構成は引用例発明1に開示されていると主張するが、このような主張は誤りである。

確かに、ボビン上に線材を巻き付ける巻線という作業の前後で、ボビンをスピンドル等に着脱する作業(給排出作業)を自動化する場合があり、当初明細書の当該段落においても、ボビンの給排出を自動化した構成を記載している。

しかし、この記載は、本件発明の実施例として、たまたまコンベアからボビンを受け取る構成のものを示したにすぎず、この記載が直ちにボビンの「給排出作業」が巻線作業を構成するという根拠となり得るものではない。

なぜなら、一般にワーク(加工対象物、本件発明におけるボビン)をその加工の前後の処理として加工機械に自動的に給排する装置は、巻線機に限らずあらゆる工作機械ないし加工機械に適用されており、「給排出装置」は、工作・加工機械の分野において、巻線機に固有の技術あるいは巻線作業において必要不可欠の本質的技術ではないからである。その一方、人間が手作業によりボビンの給排出作業を行う巻線機も存在しており、引用例発明4には、「人手によりコイルの着脱作業」が行われる巻線機が開示されている(甲第8号証1頁右欄10~18行)。

また、原告は、引用例発明1には、より上位の概念である、2基の三次元ロボットに補助ツールを適宜に分設するという技術思想が開示されていると主張するが、この主張にも理由がない。

すなわち、引用例発明1は、その効果に関する記載(甲第5号証3頁6欄20~28行等)からみて、ロボットに支持されるロボットハンドが、ボビンヘの巻線作業を行う側とはアーム機構(X軸)を挟んで反対側に設けられており、この配置が空間の有効利用を達成する上での必須の構成であることが明らかである。そして、その効果を達成するためには、実用新案登録請求の範囲に記載されている構成をもってすれば十分であり、それ以上のものは必要としない。また、その課題ないし目的の記載(同号証2頁3欄35行~4欄12行)からしても、上記必須の構成以上のもの、すなわち、「より上位の概念である、2基の三次元ロボットに補助ツールを適宜に分設という技術思想」を開示したものとは到底いい難い。仮に、そのような概念を開示しているとすれば、対応する技術的課題ないしは目的、固有の効果が、併せて記載されていなければならないはずであるが、引用例1には、これらに関する記載も示唆もされていない。

さらに、原告は、引用例発明1において、3軸に移動する移動機構を設けた時点で、その移動台の上に「複数の」補助ツールを組み合わせ支持させるという着想が必然的に生ずると主張するが、上記で説明したように、「補助ツール」についての認識が誤りである以上、その主張は理由のないものである。

したがって、引用例発明1に関する審決の認定(審決書21頁9行~22頁1行)に誤りはない。

2  また、引用例発明2~4のいずれも、訂正後発明の特徴とする構成要件を実質的・形式的に開示しておらず、その示唆もない。しかも、これらの発明及び引用例発明1は、いずれも訂正後発明のような目的又は課題を有するものではなく、従ってこれらを組み合わせるという着想ないし必然性自体が、これらの発明によって得られるものではない。

例えば、引用例発明3においては、三軸方向に移動可能なノズル台上に、からげ軸、ワイヤカッタ48、押さえローラ47を設けることが開示されており、これらの補助ツールは、個々には異なる機能を有するものであるが、その目的はボビンに巻き付けた線材の端部を切断することであり、全体として同一位置でそれぞれの作業を行うものである。つまり、これらは、ボビンないし線材に対して個々に異なる位置にて作業を行う必然性を有するものではなく、訂正後発明の移動台Bのように三軸移動可能な支持装置を介してそれぞれの位置を個々に制御する必要のないものであるから、訂正後発明1の補助ツールには該当しない。

また、引用例発明4に開示された技術は、ノズル3及びノズルホルダ4を保持したノズルホルダ支持構造5にテープワインダ用基板10を支持した構成となっており、これは、訂正後発明に対応させれば、ノズルを支持した一方の移動台Aにテープワインダを支持した構成を備えているにすぎず、これとは異なる三次元移動可能な移動台B及びこの移動台Bに複数の補助ツールを支持した構成を備えたものではない。

第5  当裁判所の判断

1  審決の理由中、訂正前発明及び訂正後発明の要旨の認定、請求人(本訴原告)の主張の認定、引用例1~4の記載事項の認定は、当事者間に争いがない。

また、引用例発明1が、スピンドルに対して三軸方向に各々移動するノズル取付台8,8と、ロボット11を有し、この取付台8,8が訂正後発明1の移動台Aに相当し、ロボット11が同発明の移動台Bに相当すること(審決書21頁9~13行)は当事者間に争いがないから、結局、引用例発明1には、「スピンドルに対して三軸方向に各々移動する2基の移動台を設け、これらの移動台のうちの一方の移動台Aにノズルを支持し、もう一方の移動台Bにロボットハンド22を支持した」構成が開示されていることとなる。そして、このロボットハンド22が、ボビンの給排出作業を行うツールであることも当事者間に争いがない。

ところで、訂正後発明1においては、前示要旨のとおり、「移動台Bに複数の補助ツールを支持する」ものとされるが、この「補助ツール」の一つに、引用例発明1においてボビンの給排出作業を行うツールである上記「ロボットハンド22」が該当するか否かを検討する。

訂正明細書(甲3号証の4)には、「従来の技術」として、「コイルの巻線作業を自動的に行う自動巻線機は従来例えば、ボビンを装着して回転するスピンドルに対して、三軸方向に移動可能に構成されたノズルから線材を供給することで巻線作業を行うように構成されていた。・・・そして、スイッチングトランスなどのコイルにおいては、コイルの巻始めや巻終わりに線材をボビンに押し付けて線材の直角出しを行う線押さえ具、線材を絡げて一時的に保持する捨て絡げピン、テープを巻き付けるテーピングユニット、線材を切断するカッタ、作業を終えたボビンを交換するための交換治具など各種の作業ツールをスピンドルの周囲に配置していた。」(同号証2頁4~12行)と記載され、「発明の課題」として、「ところが、このように数多くの作業用ツールをスピンドル周囲に配置すると他の作業の邪魔になりやすく、作業効率が悪くなる傾向があった。・・・また、作業用ツールの位置が固定され、限られた仕様に適応した動作機構しかもたないために汎用性に欠けていた。あるいは、汎用性を高めるために各作業ツールを任意に移動可能に構成すると、装置が大型化し、装置のコストが高くなってしまうという問題があった。・・・本発明は、上記間題点を解決すべくなされたもので、各種の作業を効率良く行えるコンパクトで構成の簡易なコイル巻線機を提供することを目的とする。」(同頁15~24行)と記載される。

これらの記載によれば、自動巻線機では、従来、コイルの巻始めや巻終わりに線材をボビンに押し付けて線材の直角出しを行う線押さえ具、線材を絡げて一時的に保持する捨て絡げピン、テープを巻き付けるテーピングユニット、線材を切断するカッタ、作業を終えたボビンを交換するための交換治具など各種の作業ツールをスピンドルの周囲に配置していたので、他の作業の邪魔になりやすく、作業効率が悪くなる傾向があり、また、汎用性を高めるために各作業ツールを任意に移動可能に構成すると、装置が大型化し、装置のコストが高くなってしまうという問題があり、この問題を解決するために、当該特許請求の範囲に記載される各構成を採用し、訂正後発明1では、移動台Bにこれらの複数の補助ツールを支持したものと認められる。

そうすると、従来技術で例示された、線押さえ具、捨て絡げピン、テーピングユニット、カッタ、ボビンを交換するための交換治具など各種の作業ツールは、いずれも訂正後発明1の「複数の補助ツール」に含まれるものと解される。そして、このことは、前示訂正前発明の請求項2~4において、線押さえ具、ボビンの受渡しを行う受渡し治具及び捨て絡げピンが、移動台Bに支持される補助ツールに含まれる場合がある旨が開示されたこととも合致するものである。被告は、一般にワーク(加工対象物、本件発明におけるボビン)をその加工の前後の処理として加工機械に自動的に給排する装置が、巻線機に限らずあらゆる工作機械ないし加工機械に適用されており、ボビンの受渡しを行う受渡し治具のような「給排出装置」は、工作・加工機械の分野において、巻線機に固有の技術あるいは巻線作業において必要不可欠の本質的技術ではないし、人間が手作業によりボビンの給排出作業を行う巻線機も存在すると主張する。

しかし、仮に、一般的に「給排出装置」が、工作・加工機械の分野において、巻線機に固有の技術あるいは必要不可欠の本質的技術ではないとしても、訂正後発明1においては、前示のとおり、ボビンを交換するための交換治具が、線押さえ具や、捨て絡げピン等とともに、移動台Bに支持される補助ツールの一つとして示されているのであり、このことは、他に人間の手作業によりボビンの給排出作業を行う巻線機が存在することにより左右されるものではないから、被告の主張は、明らかに失当といわなければならない。

そうすると、引用例発明1には、「スピンドルに対して三軸方向に各々移動する2基の移動台を設け、これらの移動台のうちの一方の移動台Aにノズルを支持し、もう一方の移動台Bに補助ツールを支持する」構成が開示されており、審決が、引用例発明1~4には、訂正後発明1の構成要件である、「『スピンドルに対して三軸方向に各々移動する2基の移動台を設け、これらの移動台のうちの一方の移動台Aにノズルを支持し、もう一方の移動台Bに複数の補助ツールを支持する』構成について、記載されていないばかりか、示唆すらされていない。」(審決書21頁3~8行)と判断したことは、引用例発明1に補助ツールが支持されている限度において誤りといわなければならない。

2  また、引用例発明3においては、三軸方向に移動可能なノズル台上に、からげ軸、ワイヤカッタ48、押さえローラ47を設けることが開示されており、これらの部材が、個々には異なる機能を有するものであることは、当事者間に争いがなく、審決も、これらのからげ軸、ワイヤカッタなどが訂正後発明1の「複数の補助ツール」に相当するものであることを認定している(審決書22頁5~7行)。そうすると、引用例発明1には、三軸方向に移動可能な移動台上に、複数の補助ツールを一括支持することが開示されているものと認められる。

被告は、引用例発明3に開示されているこれらの補助ツールの目的は、ボビンに巻き付けた線材の端部を切断することであり、全体として同一位置でそれぞれの作業を行うものであるから、ボビンないし線材に対して個々に異なる位置にて作業を行う必然性を有するものではなく、訂正後発明の移動台Bのように三軸移動可能な支持装置を介してそれぞれの位置を個々に制御する必要のないものであって、訂正後発明1の補助ツールには該当しないと主張する。

しかし、引用例発明3の各種の補助ツールは、線材の端部を切断するという作業を遂行するために、ツールが設置されている支持台が移動し、これに伴い、ボビンに対して異なる位置で作業が行われるものと認められるから、支持台の移動機構として、三軸移動装置を採用できないものではないことは明らかである。そもそも、訂正後発明1では、複数の補助ツールが移動台に支持され、ボビンへの巻線作業において異なる作業を行うことが規定されるだけであって、これらのツールが異なる位置で作業を行うことや、それぞれの位置を個々に制御することは開示されていないから、これらのことを理由に、引用例発明3の複数の補助ツールが訂正後発明1の複数の補助ツールとは異なるということはできないものであり、被告の主張はその前提において失当であって、これを採用する余地はない。

3  そうすると、訂正後発明1の進歩性に関しては、前示のとおり、引用例発明1に「スピンドルに対して三軸方向に各々移動する2基の移動台を設け、これらの移動台のうちの一方の移動台Aにノズルを支持し、もう一方の移動台Bに補助ツールを支持する」構成が開示されていることを前提として、同発明が、「ロボット11に支持されるロボットハンド22は第1図によればボビンへの巻線作業を行う側とはアーム機構(X軸)14を挟んで反対側に設けられている」(審決書21頁13~17行)ことを考慮した上で、同発明における「本考案の目的は・・・巻線機システムの配置において空間の有効利用に役立ち、従来より設計の容易なボビン給排出ロボット付き巻線機を提供することにある。」(審決書15頁17~20行)との観点から、引用例発明3に開示された、前示の三軸方向に移動可能な移動台上に複数の補助ツールを一括支持する構成を採用することができるか否かを、更に検討する必要があるものといわなければならない。

審決は、この検討を怠ったまま、訂正後発明1が引用例発明1~4に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められない旨の判断を行った(審決書23頁6~8行)ものであるから、原告主張の取消事由には理由がある。

4  以上のとおり、審決が、訂正後発明の進歩性に関する検討を怠ったまま本件訂正を認めたことは誤りであり、この誤りは、審決の結論に影響を及ぼす重大な瑕疵であるから、その余の原告主張について検討するまでもなく、審決は、取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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